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これより下にある写真は、クリックすると大きな写真が出てきます。
いざアンコールの遺跡へ。バスの中での杉山さん(日本のアンコール遺跡補修チーム「JSA」の所長)のお話。 「外国人がアンコール遺跡にはいるには、入場料がいります。チェックポイントで写真を貼った許可証を発行します。この販売権を政府からセキメックスという石油会社が獲得し、5万人の入場者が20ドル払う計算で年間1億円政府へ払うことになっています。ところが1年目で12万人が訪れました。5年間は年間1億円という政府との約束なので、かなりセキメックスが儲かっています。小渕さんが生前、地雷除去キャンペーンのために来られまして、こちらの日本人スタッフ総動員だったのですが、あれは実はやらせです。小渕さんが来られたところはもう地雷除去作業が済んだ所でした。日本がアンコールワットの遺跡にいくらかけているかというと、カンボジア和平に日本がリーダーシップをとったこともあり遺跡保存に積極的で、他の遺跡は1億なのに、アンコールワットは10億かけています。しかし、このうち、地元で使う人件費は80万ドルで1/10にも満たないのです。9割は日本で使うことになる。日本人の渡航費、滞在費、日本から持ち込む機材など。これで良いのか、と思う反面、しょうがないとも思います。」 ![]()
アンコールトムのバイヨン。「アンコール」とは「大きな」という意味で「トム」は「都」という意味。ちなみに「ワット」は「お寺」という意味。バイヨンでは日本の修復チームが現地スタッフとともに作業しており、昨年度の事業で修復が終わった所もあった。バイヨンは4面像があり、その顔が私に似てるともっぱらの評判。カンボジアでのモテモテぶりの原点はここにあったのか、とまわりの方々は納得していた。バイヨンの外回廊には日常的な図柄のレリーフがあった。ここで印象に残ったのは、売り子の女の子の服がイイモノだったこと。「Tシャツ3ドルヨ」と売ってる割にかなり良い服を着ていた印象。これはどう受け止めればいいのだろうか。 ![]()
タプローム寺院。森の中に眠る遺跡。木に食べられている遺跡だ。アンコールワットの原型になったらしい。遺跡は崩壊がひどく、森の中に木とともに今があるといった感じ。もとの形はよくわからないが、大きな木の根が遺跡の上にのっかっているのは異様だった。何年ぐらい前のものか、どのような経緯で木が岩の上にのっかったのか。調べなければと思いつつ・・・調べてません。 ![]()
プラサートクラバンへ立ち寄った。そこは5つの塔が並ぶところで、すでに修復は終わっているとのこと。内側に壁画があるのが珍しいらしい。ここでも当然物売りの子ども達はいた。ここで印象的だったのは、草。遺跡のウラにある広場から写真を撮っていて、寝転がって写真を撮ったりしていると、ひっつく草が体中に・・・。大変!みんなの足、靴下にもたくさんひっついていて、これらの生命力の強さを物語っているという印象。無表情な子供にカメラを向け、写真を撮らせてもらったが、彼が売っている笛を買わなかった。あとになって少し後悔。 ![]()
バンティアイスレイはピンク砂岩で作られている数少ないもののひとつ。シェムリアップ市内からは少し離れている。顔立ちが美しいというレリーフの前で数度シャッターを切る。遺跡の奧では民俗楽器を弾いている4人の人がいて、いい音を出していた。これは入るところからずっと聞こえていて、こういうものにはお金を出そうという気になった。 ![]()
何も言うことはないです。とにかく行ってみて下さい。かつて報道写真家一ノ瀬泰造が目指した、その地です。 ![]() |