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(カンボジア・貧困・戦争・核兵器・平和)
土けむりが舞う国道 水たまりだらけのマーケット 走り回るバイク そんなカンボジアで感じた 貧困・戦争・平和
このページでは、「カンボジア・貧困・戦争」についての平岡さん(前広島市長)の話を簡単にまとめた。
第一次大戦の時の毒ガスは世界法で禁止が決まっている。なのに、第二次大戦から使われ始めた核兵器については無差別であるにもかかわらず、まだ無くすと決まっていない。戦争の起こる原因は「貧困」「ジェンダー」「差別」「病気」「民族の対立」「環境問題」などがあるが、戦争は政治の目的を達するための手段として使われている。しかし核によって、この目的以上のものが及ぼされ、人類を滅ぼしかねない。核兵器を無くすことが平和の礎になる。 「日本はアメリカの核の傘に頼っている。それなのに核兵器を無くそうというのは自己矛盾だ。説得力がない。」というのが一般的な議論。この上でどうすればよいかを考える。哲学的にも、日常的にも幅広い。普通の市民は全体を見るのはできるが、深くない。そこで、まず貧困に目を向けてみよう。 なぜカンボジアが貧困なのか。フランス−日本−フランス−ベトナム−アメリカの介入という植民地の歴史がある。シアヌークは外交上手で、自国を守るためには大国に付いたりしながら、うまく動く。政権が絶えず変わっていくことが貧困を引き起こす。良い国になる条件は持っているが、周辺の大国がある主義を支援することにより、反対の勢力が政権を狙うことになる。 ポルポト一人が悪者ではない。人間とはそういうものだ、ということを知ったうえで平和を考える必要がある。経験していないことをどうやって自分の問題とするか。ヒロシマの教訓をどこから得るか。誰かに教えられるのではなく自分で考えることが必要。誰かに教えられるとポルポト、ナチズムになってしまう。大量虐殺はアウシュビッツ、ヒロシマ、ポーランドなどで起こっている。人間の精神の問題、世界の問題である。日本は宗教を排除した。美しい心、精神の強さを持たないと核はなくならない。 1997年7月アメリカは臨界前核実験を始めた。その成功の際に拍手喝采が起きた。科学者は自分の領域だけを研究する。サリンもそう。必要なことは(1)歴史を知ること(2)イマジネーション+リアリティ である。リアリティのない現在においては想像力でおぎなっていかないといけない。今や核がスーツケースに入る時代になってきた。ロシアでは468発のうち89発がなくなるという事件があった。核の精度は高まっている。そして小型化している。そのための実験を繰り返している。NPT(核拡散防止)条約には核保有五大国が批准している。これは五大国は持っても良いが、他は持っては行けない、という条約。 CTBT(核爆発禁止)条約は、爆発しなければよい、ということで臨界前核実験が行われている。ヒロシマ、ナガサキの教訓を学んでいない。核抑止力を信じている。核は全世界、全人類を破滅する。核は無用、というのが通念となってきた。無用な苦痛を与えるのは人道に反する。 核防止のために(1)条約でしばる(2)戦争を起こさない の2つが考えられる。 カンボジアは今・・・ポルポト派を否定、つまり社会主義が否定され、貧富の差が大きくなってきた。富める人が利権にからみさらにとむ。自立を助けるような援助が必要。現在は半分が高官の手に、など、なかなかうまくいかない。国家の援助は税金で行うべき。日本が平和主義として世界の緊張を緩和する、にはどうしたらいいか。例えばひろしまハウス。平和への意思を形に表したもの。この、形に表すことが重要だと思う。ヒロシマの人が平和を願う意志。 この旅は一回でなく、続く。経験を広めることが大切になる。 日本では人権法、国際法を教えられていない。捕虜の対応など。人道的にやってはいけいないことがわかっていなかった。未来へは繰り返さない。時代と共に国際法の変化がある。昔は戦争は悪ではなかった。20世紀に入ってからは悪になった。これは進歩である。21世紀はその次へ行かなければいけない。国際法は不変なものではない。命をかけても守るべきものがあるか。 |